高校の同窓会といっても、幼稚園から一緒だったり、小学校から一緒だったりする人もいます。
そういう友との再会となると、20年前よりもっと前、30年以上前の話題でも盛り上がりました。
……
小学校時代の親友N君。
彼とは小学校3年から小学校を卒業するまで、ずっと一緒でした。
何が僕らをそうさせていたのか分からないぐらい、いつも一緒に、何かの創作活動を続けていました。
…
●クラスメートが登場する物語を作り、私小説と創作の間のようなストーリーを書いて製本し、皆に回し読みしてもらっていました。
●「こんな国があればいいな」という架空の国(例えば、赤道直下にあって標高差が激しく、常夏と常春が同居しているような「アツサム島」)を想像し、その想像を基に、段ボール紙を重ねて立体模型化し色を塗り、まるでそれが社会科の副教材であるかのように、教室のロッカーの上に並べて悦に入っていました。
●佐賀県から誕生したヒーロー「ムツゴマン」というキャラクターを考え、厚紙を使って手足が動くフィギュアを作りました。
●それぞれが生んだキャラクターで、ストーリーマンガも描いていました。
●中学生のときは、学級歌の作曲班に入ったりもしてたなあ。
…
リリー・フランキーか、所ジョージかっていうぐらいマルチタレントですわ。レベルは…ですけど。
……
そんな親友N君と少しずつ疎遠になったのは、中学校以降、部活動が別々になってからです。
私は中学校でテニス部、高校で吹奏楽部。
N君は中学校でバスケ部、高校で美術部。
中高時代はどうしても、部活動の仲間との生活が中心になるんですよね。
中学のころはあまり2人で遊んだような記憶がありません。
……
けど、中学2年のときの生徒手帳を引っ張り出してみたら、オレっちは歌手のブロマイドの上に、こんな絵を入れていました。

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親友が描いてくれた「エスイ君」。
「エスイ」とは、佐賀の方言で「怖い」。グレてタバコ吸って怖い人、ってことですな。
これをオレっちが持ってるってことは、オレっちもN君に何かを描いて渡したのでしょう。
ヘタ画日記の原点の原点かも。
……
そんなN君との再会のひととき。
「こんなことあったよね」という会話には、ほかの誰も加わることができません。
だって、オレっちたち2人だけの出来事だから。
そんなN君が、小学校5年だか6年のとき、駅前のスケッチをしたときのことを語ります。
N君「あのとき、ダジャる(注:会話ではオレっちの名前で呼んでる)が描いた絵、発想が違っててすごいなあと思ったよ」
…
覚えてマッスル、あの時のこと。皆が必死で駅舎を描いているとき、オレっちだけは駅の隣の食堂をメインにして描いたのですた。
発想の違い? No〜、単なるアマノジャクシなだけですけんど。。。
その構図のお陰か、その年のスケッチ大会は郡市だか県だかで、オレっちの絵がクラスで一番いいとこまで入選したような記憶が。
けど、オレっちは、その入選した絵の色使いが自分では気に入ってなくて。
似たような構図の駅舎の絵が並ぶ中、N君の絵はピカイチやって、「やっぱすごいなN君」って思ったもんなあ。
……
「尊敬し合う仲」って、オトナになると発するのが恥ずかしい言葉なんだけど、今思えば、当時のオレっちたちってそんな感じだったのカポネ。
ぶっちゃけ、オレっちたちがコンビを組み続けていたら、日本の美術史、マンガ史、小説史、音楽史…ほとんどの歴史が塗り変わっていただろうね。
…あ。子ども時代の空想癖が、また出てきてしまったよぅ。
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↑今日の文章は長い! 読み飛ばして広島ブログのバナーまで来た人も、じっくり読んでようやくここにたどり着いた人も、愛も変わらず愛クリよろぴく。
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